大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和44年(ワ)6618号 判決 1971年11月24日

原告 大森和恵

右訴訟代理人弁護士 菊地紘

木沢進

椎名麻紗枝

被告 長谷徳幸

<ほか一名>

右二名訴訟代理人弁護士 大辻正寛

主文

一、被告らは原告に対し連帯して、金二、六〇〇、〇〇〇円およびこれに対する内金二、一〇〇、〇〇〇円に対する昭和四三年一一月七日から、内金五〇〇、〇〇〇円に対する昭和四四年七月一日から、各完済に至るまで、年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告らの負担とする。

四  この判決は原告勝訴の部分にかぎり、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは原告に対し、連帯して金二、九〇〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和四三年一一月七日から年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

(第一次的請求原因)

1 原告は、昭和四三年一〇月二八日、被告らの代理人である訴外不動産業者西宮輝明を通じて被告らから別紙物件目録記載の建物(以下本件建物と言う)を左記の条件で賃借する旨の契約を締結した。

賃 料  月六万円

敷 金 一〇〇万円

権利金 一九〇万円

2 原告は同年一〇月二八日、一一月一日、一一月六日の三度に分けて、右被告代理人西宮に、右権利金、および敷金として合計金二九〇万円を、うち二一〇万円は現金で支払い、うち八〇万円は、金額八〇万円、振出人を原告、受取人白地、振出日を一一月六日、満期を昭和四四年五月六日とする支払のための約束手形一通を被告に振り出し、被告は右手形を第三者に裏書譲渡し、対価八〇万円を取得し、右手形は原告が昭和四四年五月に買戻した。

3 ところが、原告は、昭和四三年一二月三日訴外坂本商事株式会社から本件建物の明渡仮処分(昭和四三年一二月九日受付ヨ第一一六一二号事件)を受け、昭和四四年一月一〇日右建物から退去せざるをえなくなった。

4 本件建物は、本件賃貸当時から他人所有のもので、被告らにはこれを賃貸する権限がなく、また本件建物については、その敷地の地主から前占有者青木恭子に対し占有移転禁止の仮処分が執行されて、執行官の保管にかかわるものであった。そして、被告らは原告に対して、本件建物を完全に使用させるべき義務があるのに、前記3に記載したように、この義務を履行することが出来なくなった。そこで、原告は、民法第五四一条または第五六一条の準用により昭和四四年一月下旬被告両名に対して本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をなした。

よって原告は右の契約解除による原状回復請求権に基づき、金二、九〇〇、〇〇〇円および、これに対する支払日の翌日である昭和四三年一一月七日から完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

(選択的請求原因)

5 被告両名は、原告から金員を騙取することを企て、本件建物を賃貸する権限がないにもかかわらず、また、建物敷地の利用権についても、地主から立退き要求がなされる危険性が強いのに、これを秘匿して、賃借人がなんらの故障なく使用収益できる建物であることを装い、被告代理人である訴外西宮を通して、原告と賃貸借契約を締結し、前記2記載のとおり合計金二、九〇〇、〇〇〇円を騙取したものであるから、原告は被告両名に対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、金二、九〇〇、〇〇〇円、およびこれに対する不法行為の後である昭和四三年一一月七日より完済に至るまで、民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する答弁

1  請求原因第1項中、被告長谷幸子に関する部分は否認し、その余は認める。被告長谷幸子は被告長谷徳幸に対して、単に名義を貸したにすぎない。

2  請求原因第2項の事実中、原告が、権利金及び敷金として、原告主張の約束手形一通を振り出したこと、および原告主張の二一〇万円のうち、二〇〇万円を支払ったことは認めるが、その余は否認する。

3  請求原因第3項の事実は知らない。

4  請求原因第4項の事実については、本件賃貸借契約当時から本件建物が他人所有であること、原告主張のとおり仮処分がなされたことは認めるが、その余の事実を否認する。

被告は抗弁1記載のとおり適法に賃貸する権限を有していた。仮に請求原因第三項で主張された建物明渡仮処分の申請があっても、本案判決確定までは未だ確定的に履行不能となったとは言えず、しかも原告は、本件建物より任意に退去したのだから履行不能ではない。

さらに、原告主張の青木恭子に対する仮処分については、再々抗弁で後記するように、訴外会社のなした土地賃貸借解除の意思表示が無効であるから、本案請求権を欠くものである。

5  請求原因第五項の事実は否認する。

ただし、金員授受については、2に述べたとおりである。

三  抗弁

1  被告両名は、本件建物を適法に賃貸する権限を有していた。すなわち、

(1) 本件建物は、もと訴外望月幸広の所有で同人は、その敷地を訴外坂本商事株式会社(以下訴外会社という)から賃借していたが、昭和三四年一〇月一三日死亡したため、訴外望月たか子、同望月幸家、同中村とし子、同手塚愛子、同安藤淳子、同望月佳子、同木下弘子の七名が相続により、本件建物の所有権と敷地の賃借権とを取得した。

(2) 被告長谷徳幸は、昭和四〇年七月一日、右訴外人らのうち、訴外木下弘子を除く訴外人六名から本件建物を賃借し、適法な承諾を得て、これを原告に転貸した。すなわち、被告は、適法な賃貸権限に基づいて原告に貸したものであり、被告には何ら、義務の不履行は存在しない。

2  原告の民法第五六一条の準用による主張は、著るしく訴訟手続を遅滞させるものだから、時期に遅れた攻撃方法として許されないと言うべきである。

四  抗弁に対する答弁

1  抗弁第1項の事実中、本件建物が、もと訴外望月幸広の所有であり、右訴外人が昭和三四年一〇月一三日死亡して、被告主張どおりの相続人七名が本件建物の所有権を取得したこと、および被告長谷徳幸が本件建物を原告に転貸したことは認めるが、その余の事実は知らない。

2  抗弁第2項の点は争う。

≪以下事実省略≫

理由

一  (契約当事者について)

請求原因第一項の契約締結の事実中、原告主張の日時にその主張どおりの賃貸借契約が原告と被告長谷徳幸との間で締結されたことについては当事者間に争いがない。

被告長谷幸子が被告徳幸とともに共同賃貸人として契約を締結したことについては、争いはあるが、≪証拠省略≫によれば、被告幸子も、本件建物を原告に貸すことを十分に承知して、係争賃貸契約書に賃貸人として記名捺印したことが認められるので、同被告も本件賃貸契約の当事者とみるべきである。

二  (原告の支払った金額)

1  原告は、権利金一九〇万円および敷金一〇〇万円のうち、二一〇万円を現金で支払ったと主張し、被告は二〇〇万円しか受領していないと主張するので、この点を判断するに、≪証拠省略≫を総合すれば、昭和四三年一〇月六日までに三回にわたり、原告は被告ら代理人西宮に権利金、敷金として二一〇万円賃料六万円および西宮への手数料として合計金二、二五九、〇〇〇円を支払い、うち手数料九九、〇〇〇円を除いた二、一六〇、〇〇〇円が被告らに支払われた事実が認められる。よって、原告が権利金、敷金の合計額として、現金で二一〇万円を被告らに支払ったという原告の主張は、理由があることになる。

2  次に、原告が被告らの代理人である西宮に金額八〇万円の約束手形一通を振出交付したことについては当事者に争いがない。そこで、右約束手形がどうなったかについて検討するに、≪証拠省略≫によれば、右手形は被告徳幸から金融業者の手に渡ったが、原告は昭和四四年五月六日に不渡りにしたので、同年六月中に、手形所持人と原告および被告徳幸が話合った結果、その手形所持人に原告が五〇万円、被告徳幸が三〇万円をそれぞれ支払って解決したことが認められるので、結局、原告は被告らに対して約束手形で五〇万円を昭和四四年六月中に支払ったことになる(≪証拠判断省略≫)。

以上判旨したところにより結局、原告は被告らに対して権利金、敷金として合計二六〇万円の支払をなしたことになる。

三  (賃貸人としての義務不履行の有無)

原告は、被告らの賃貸人としての義務不履行を理由に契約を解除し、被告らは、義務不履行を否認しているので、この点を判断することにする。

≪証拠省略≫を総合すれば、次の事実が認定できる。

(1)  本件建物の所有者であった訴外望月幸広が昭和三四年一〇月一三日死亡して、訴外望月たか子、同望月幸家、同中村とし子、同手塚愛子、同安藤淳子、同望月佳子、同木下弘子の七名が相続により本件建物の所有権を取得して、右七名のうちの、木下弘子を除く六名から、被告らが昭和四〇年七月一日、本件建物を賃借し、さらに被告らは、昭和四三年一〇月二八日原告に転貸した事実

(2)  本件建物の所有者である訴外木下弘子ら七名は昭和四〇年頃から、本件建物の敷地所有者である訴外坂本商事株式会社(以下訴外会社と言う)から、本件土地の明渡を請求されてきたが、昭和四一年一二月一六日、訴外木下弘子を除く六名は、本件建物の持分権を訴外木下弘子に譲渡して、その結果本件建物は、訴外木下弘子の単独所有となり、同時に、本件建物の敷地の賃借権も同人が単独で承継した事実

(3)  右訴外木下弘子は、訴外会社に対する昭和四二年一一月分の賃料の支払を怠り、そのため、右訴外会社は、木下弘子に対して、昭和四二年一二月九日到達の内容証明郵便で三日以内に一一月分の土地賃料四六五五円を支払うよう催告し、あわせて右催告期間内に支払わないことを条件とする停止条件付土地賃貸借契約解除の意思表示をしたが、賃借人木下弘子において右催告期間を徒過したため、右契約は、昭和四二年一二月一二日の経過により解除された事実

(4)  右契約解除に基づいて訴外会社は、昭和四二年一二月二五日、木下弘子、本件建物を占有してバー「バンブー」を経営していた訴外青木恭子、バー「ゆき」を経営していた訴外大山有希(本件建物の一階の部分の占有者)の三名を相手として、建物収去土地明渡請求訴訟を起し、これに先立ち、訴外会社は、右権利を被保全権利として占有移転禁止の仮処分申請をして、昭和四二年一二月一九日、仮処分決定が下され、同年同月二一日右決定の執行がなされ、その結果、本件建物は階下とともに東京地方裁判所執行官の保管に移され、本件建物については訴外青木恭子を除いては、何人も、執行官の許可なくしては占有使用しえなくなった事実

(5)  被告らは訴外会社のなした前記仮処分により、前記青木恭子以外の者は本件建物の占有使用を許されなくなったことを知っており、そのため原告に対して地主から立ち退き要求がなされる危険性が強いことを知りながら、これらの事実を秘匿し、前記のとおり、昭和四三年一〇月二八日、原告と本件建物の賃貸借契約を結んだ事実。その後まもなく原告が本件建物の掃除を始めたところ、カレンダーの下から本件建物に対する前記仮処分の表示された公示書を発見し、被告らの代理人として、契約の仲介をした不動産業者西宮を通じて被告に問い合わせたところ、被告徳幸は、同人を介して原告に「それは解決済だから心配はない。」と伝えて、その場を糊塗し、同時に「以後、右建物に対して問題が発生した場合は、責任を持って解決する」旨の念書を原告に差し出した事実

(6)  原告は昭和四三年一一月八日頃本件建物に移り住み始めたところ、これを知った訴外会社が同年一二月三日、東京地方裁判所に対し、原告を債務者として、建物明渡仮処分を申請した。原告は仮処分担当裁判官の呼出しを受け、裁判官から前記経過を説明されて、本件建物を使用できないことを知り、その結果、原告は止むなく、同年一二月一二日訴外会社との間で「原告には土地占有権限がないことを認め、昭和四四年一月一三日までに本件建物から退去して土地を明渡す」旨の裁判上の和解をなし、昭和四四年一月一〇日、本件建物を退去して明渡した。そして、原告は、被告の義務不履行を理由に、昭和四四年一月下旬被告両名に対して本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をなした事実

以上の認定事実によれば、被告らは、前記のように、本件建物敷地の利用権がなく、そのため、地主から原告に対して立ち退き要求がなされる危険性が強いことを知りながら、その事実を秘匿して、本件建物を原告に賃貸し、権利金敷金として合計金二六〇万円を騙取したものというべきであるから、(正確にいえば、現金二一〇万と八〇万円の約束手形一通が騙取の対象で、約手については、前示のとおり、その実質的損害は五〇万円となる)、被告らの行為は不法行為であり、被告らは、連帯して、同額の損害を賠償する責任がある。

被告らはこの点に関し、訴外会社が木下弘子に対してなした土地賃貸借の契約解除は無効であり、原告は法律上敷地利用権を訴外会社に対抗できるから、訴外会社が原告を債務者としてなした仮処分申請も、被保全権利が存在せず、そのため右仮処分決定も取消される運命にあったものであり、従って右仮処分決定によっても、前記青木恭子以外の者が本件建物の占有使用を許されなくなったとは言えず、そのため、地主から原告が立ち退き要求をなされる危険性が強いとも言えず、右事情等に鑑みれば、被告らは、原告をだまして金二六〇万円を騙取したとは言えないと主張する。

しかしながら、一般に、建物を賃借しようとする者は、もし、建物の所有者や前賃借人に対して敷地所有者から前認定のような各仮処分がなされていることを予め知るならば、その仮処分の当否いかんに拘らず、賃貸借契約をしないであろうし、少くとも、契約直後前記認定のような多額な権利金敷金を支払うことはしないものと考えられる。したがって、建物を賃貸する者としては、もし、目的建物について右のような仮処分があることを知っていたとすれば、それを賃借人に予め告知すべき義務があるものと言うべきところ、本件においては、被告らはこれを原告に秘匿し、使用収益上なんら故障のないものと誤信させて契約し、その誤信のもとに、前記のように現金二一〇万と金額八〇万円の約束手形一通の交付を受けたものであるから、仮処分の被保全権利の存否いかんにかかわらず、被告らは不法行為責任を負うべきものと考える。(ちなみに、本件においては、被告らは、訴外会社のなした前記仮処分が不当不法であると主張するだけで、被告ら自らがこれが解放のため事前事後に努力した形跡は証拠上全くみられないことは、被告らの欺罔の意思を裏付けるものとも考えられる)。

四  (むすび)

以上の認定説示によれば、被告らは原告に対し、不法行為による損害賠償義務として金二六〇万円とこれに対する内金二一〇万円については昭和四三年一一月七日より、内金五〇万円については昭和四四年七月一日より(五〇万円については、二の2記載のように、おそくも昭和四四年六月末日までに支払ったものと認められる)支払いずみに至るまで各年五分の割合による遅延損害金を連帯して支払う義務があるものと認められるから、原告の本訴請求は、右の限度において理由があるから、その限度でこれを認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

附言 前記認定事実によれば、原告の第一次的請求も認められるのであるが、二六〇万円のうち敷金の返還義務は賃貸借終了を停止条件として発生し、その遅滞時期は請求の翌日と考えられるので、二六〇万円のうち敷金該当部分の遅滞時期は、不法行為で認定する場合よりは、大部遅れることになる。そのほか、第一次的請求原因の場合は、連帯請求も多少問題がある。

つまり、本件の場合は、選択的請求である不法行為による請求の方が第一次的請求の場合よりは、その認容額が多額となることが明らかなので、先づ不法行為の成否を検討したものである。

(裁判官 伊東秀郎)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例